白状すると、古典を読もうと思ったきっかけは、現実逃避だった。
仕事と人間関係と将来の悩みがいっしょにふりかかってくると、心の芯の太さにはひと一倍自信があったわたしも、よりどころがあればよりかかるし、なければ目を背けたくなる。すきなだけ寝る、ゲームをする、ドライブに行く……ようするに楽しければなんでも良い。
しかし欲を隠さずいえば、持続可能でいて生産的な、ありていに言えば「ためになる現実逃避」を欲していた。そこで見つけたのがこの書籍であり、立ち読みすると面白かったので、じゃあ古典読んで現実を忘れようと企てた浅はかな背景がある。
愚にもつかない御託をならべて、何が言いたいのかというと、つまり古典を読み始めるきっかけなぞは、立派でなくてもかまわないのだ。古典はそれすら許してくれる。とにかく読めばいい。そう勧めたくなるほど、古典にはご利益がある。ために、なる。
とはいえ「いきなり古典かよ、ハードルというものがある。もっとライトなものがいい」といわれるのも目に見えている。それならうってつけの1冊がある。
これまで古典にはまったく触れもしなかった、阿呆のわたしを啓いたその本は、古典好きの書いた「古典入門」だ。正確な書籍名を『「あらすじ」だけで人生の意味が全部わかる世界の古典13』(以下、あらすじ本と書く)である。書いたのは近藤康太郎という、百姓で、猟師で、作家だ。
氏の書籍を3冊ほど読んでいるが、いつだって古典の話をしている。彼が選ぶ13の古典は、まずまずもって「滑らない話」だと自信をもって言える。
当記事は「あらすじ本」を、わたしの感想を交えて、万人に薦めるものである。
語彙に圧倒される楽しさ「あらすじ」だけで人生の意味が全部わかる世界の古典13 レビュー
ビジネス書にはなかった、古風だが鮮烈な「語彙」に圧倒されることだろう。「こんな語彙があったなら、世界をもっと、鮮烈に感じることができるのでは?」と思わずにはいられない。
人間なにか考えるときは言葉で考える。青空をみて何を感じるのかは、本人のボキャブラリーに依存する。いつもの青空なのか、抜けるような青い空なのか、雲一つないさえ切ったコバルトブルーの青空なのか。同じ青空でも、ボキャブラリーによってこうも変わってくるのだ。語彙とは、ボキャブラリーとは、感性の豊かさなのだ。
古典にはそれがある。こんな言葉があるなんて、と語彙に圧倒される楽しさがある。感じたことをもっと正しく形取る、まだ見ぬ言葉があると思うとワクワクして、しょうがない。
語彙の発見に驚かされるばかりでなく、文章や、物事の切取り方にも驚く。「あらすじ本」では紹介されていないが、カフカの書いた「変身」では、日常の大切さを説くために、朝起きたら虫けらに変身していた男の人生を描いた。悲しい話だ。しかし読み終わったとき、今日も無事に生きていることに感謝の気持ちが湧いてくる。こんな切り口、一生思いつく気がしない。
閑話休題。あらずじ本が他にない魅力あるものに仕上がっている理由は、紹介している古典が素晴らしいことも関係しているが、筆者である近藤康太郎氏もまた素晴らしき作家であることだ。
とびっきりの1文を引用し(わたしだったら読み飛ばしてしまうかもしれない、ささいな1文もある)、それの「感じ方」を豊富な語彙で説明してくれる。文字を読む楽しさを感じながら、古典にも興味をもてるのだ。
新しい学びの源泉として、趣味として「あらすじ」だけで人生の意味が全部わかる世界の古典13 レビュー
年齢は問わない。誰でも読んでほしい。
しかし、とりわけ薦めたいのは20代後半のサラリーマンと、定年退職した方々である。
20代後半のサラリーマンは仕事もひととおり覚えて、新しいことに触れる機会がなくなってくる頃だろう。自ずから本を読まない限り、語彙が増えることはまずないはずだ。新しい学びの源泉として勧めたい。
定年退職した方々は、仕事から離れ、これからなにを趣味にしていこうと考えているところと思う。ぜひその「趣味候補」に古典をねじ込みたい。ちなみにいえば、古典は古本もたくさん出回っているから安く調達できる利点もある。現実逃避の筆頭選手「ビール」よりも、ずっと安い。
しかしまだ古典は買わなくていい。いきなり古典を買おうとしたら本屋で困るのだ。何百冊も名著があり、どれから読んだらいいのか皆目見当がつかない。選ぶことすら面倒になってしまう。そんなときに「あらすじ本」はちょうど良い。古典の楽しみ方を啓き、オススメを紹介してくれる。
読み終わる頃には何か古典を買っているだろう。わたしは「カラマーゾフの兄弟」からだ。滔滔と押しよせる言葉の濁流がたまらない小説で、夜更かしして読んでしまう。
実はわたしは理系出身で、国語は忌み嫌ってきた。作者の気持ちなんて知らないぞと。しかし驚いたことに、古典は楽しいのだ。古いから面白いというより、単純に面白い。面白さの絶対値が高いのだ。
今はパソコンがあればすぐに本を書けるが、昔はそうもいかず紙とペンで手書きしていた。時間もかかる。構成を直そうものなら、まるごと書き直しだ。途方もない。しかし、それでも書いたのだ。目も眩むほどの才能を持った人が、一心不乱に、膨大な時間をかけて書いたのが、古典だ。狂気なのだ。面白いに決まっている。
あとがき「あらすじ」だけで人生の意味が全部わかる世界の古典13 レビュー
なんだか恥ずかしい。いつもはブログらしく「まとめ」と閉めるのだが、今日は「あとがき」としたいのだ。板についていないだろうが、若造がひとかわ向けようとしているところを、暖かく見守ってほしい。
あらすじ本は、古典を読む現実利益的なこと、そして、古典から多くを学ぶ読書術が記載されている。
古典に興味があるひとだけでなく、新しい知見をもちたかったり、単純にいまの自分に満足していないひとにも薦めたい1冊である。買って損はしない。夜更かしは増えるかもしれないが、ビールは減るだろう。

「日本一変なキャリアの元公務員」
北海道在住のライターです。
olbb(株)取締役、ガクマーケティング代表
市役所と北海道庁職員を併任した後、WEBマーケターに転職。2年後に独立し、現在はライター&経営者をしています。
「働き方をもっと自由に、だけど堅実に」がモットー。
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