「今月は受注0件だと…お前は、クビだ!」
熱血企業にありそうな光景だ。企業の経営者の立場なら、「あなたより有能な人がいたから、あなたはクビね」と言っても、良さそうなものである。しかし、あなたの周りで、リストラ(企業立て直しのための整理解雇)以外で、正真正銘「無能だからクビ」になった人は、そうそういないはずだ。
成績がわるくて即クビにされることは、まずあり得ないし、かりに無能だとしてもクビにすることは難しい。
なぜだろうか? そこには、とある法律が絡んでいる。
労働者は強い
労働者を解雇からまもるのは、主に「労働契約法」である。
解雇の理由として、勤務態度に問題がある、業務命令や職務規律に違反するなど労働者側に落ち度がある場合が考えられますが、1回の失敗ですぐに解雇が認められるということはなく、労働者の落ち度の程度や行為の内容、それによって会社が被った損害の重大性、労働者が悪意や故意でやったのか、やむを得ない事情があるかなど、さまざまな事情が考慮されて、解雇が正当かどうか、最終的には裁判所において判断されます。
厚生労働省:労働契約の終了に関するルール
ようするに、いくら無能であっても即解雇は不当。
「高知放送事件」といわれている、週に二回、寝坊をしたアナウンサーがクビになった事例がある。これは不当解雇ではないかと裁判になり、最高裁までもちこまれた。そのとおり不当解雇であるとされ、解雇は無効に。
解雇するには、
- 悪意や故意であったのか
- 会社にどれだけダメージがあったのか
- 能力を底上げするアプローチを企業から行ったのか
- 配置転換などしたのか
などの証拠が必要なのだ。これらの証拠があったとしても、難しい場合もある。むろん、たいていの人は、悪意があって失敗しているわけでもない。クビにできるほど無能なわけではない。つまり、ほぼ解雇できないのだ。
(ほかにも整理解雇や懲戒解雇などがあるが、ここでは主題からそれるため触れないでおく。)
クビにするための努力
雇用主の立場になってみよう。
あなたは、100人の労働者を雇っている。日当は8千円。100人いるから、1日で80万円もお金がとんでいく。そうともなると、できれば、労働者はみな有能であってほしいし、あまりにも仕事ができない人には、クビになってほしいと考えるのだ自然だ。
しかし、前述の労働契約法があるから、かんたんにはクビにできない。不当解雇ではない材料を1つ1つ用意して、ようやく解雇に漕ぎつけるのだが、それにも人件費がかかるだろう。無能をクビにする、それだけの話なのだが、法律がそれを許さない。いかに労働者が法律に守られているか、伝わっただろうか。
そんななか、4,000人を自己都合退職へおいやった企業がある。損保ジャパンだ。
損保ジャパンは、会社の中に介護事業部をつくり、あまった人材を次々と投入していった。昨日まで一流企業で働いていたエリート(と本人は思っている。もしくは本当にエリート)が、いきなり介護事業に転部させられ「老人の排泄物を処理してね」と言われても、そうそう耐えられるものではない。そうして4,000人が「自己都合退職」を選んだのだ。
面白いのは、この「自己都合退職のしくみ」が炎上しなかったことだ。なにせ、この事件をみた外野が「介護事業に飛ばすなんてひどいじゃないか!」と声を大にして発言すると、それは介護事業へのバッシングにもなってしまうため。人を助ける介護事業は、仕事のキツさは別として、尊い事業であることは間違いない。辛いながらも、一生懸命働いている人が何万人もいる。「介護事業に飛ばすなんてひどい!」とは言えない。
閑話休題。これは損保ジャパンだけがやっていることではない。ITで生産性が向上すること、不況であることなどの理由から、今後も「自己都合退職のしくみ」は広がっていくだろう。
法に守られた労働者をクビにするために、それほど企業は努力しているのだ。逆説で、労働者の強さが伝わってくれると嬉しい。
(もっと面白いのは、多くの労働者が、法に守れていることを知らないことだ)
法の面白さ
いま言ったような話は、労働契約法や労働基準法に書いてある。全文を読まなくても、ネットで概要は調べることができるだろう。
もちろん法律の文章そのものは、カケラも面白くもない。文章が苦手な人は、漫画チックな入門書でいいから是非とも読んでみて欲しい。すべてを理解する必要はない。「不当解雇っぽくない?」と最低限引っかかるセンサーさえ持っていれば、あとは弁護士に相談すればいい。一番怖いのは、不当解雇という言葉すらしらずに、受け入れてしまうことだ。世の中、悪人がたくさんいる。身を守るための、最低限の知識は持っていたい。
ちなみに、なかには、面白い法律もある。今までなんとなく疑問に感じていたことが、法をしるにつれて紐解かれていく、ある種、漫画のような「伏線回収」に近い快感がある。とくに「会社法」なんて伏線回収の塊だ。
- 法人ってなに?
- 社長と代表取締役って何が違うの?
- 取締役って何を取り締まるの?
- 役員ってなに?
- などなど……
まずは、興味のある法律から読んでみるのも、オススメだ。法律も、慣れれば、それはそれで面白いのだ。

「日本一変なキャリアの元公務員」
北海道在住のライターです。
olbb(株)取締役、ガクマーケティング代表
市役所と北海道庁職員を併任した後、WEBマーケターに転職。2年後に独立し、現在はライター&経営者をしています。
「働き方をもっと自由に、だけど堅実に」がモットー。
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